2018年02月28日

再開近し

2月28日(水)

早いものですね、もう2月も終わり。
つい何日か前まで大雪に閉じ込められたり、その雪を喜んでいたりしていたのがウソのように
春めいてきた。

12月から冬季休館に入っていた財蔵坊、3月半ばには再開します。
その準備に取り掛からないといけない〜、という訳でチョット下見へ行って来ました。

・写真をクリックすると、拡大されました。

P2270007.JPG

P2270014.JPG

P2270002_collage.jpg

一冬中閉め切っていたので、まず開け放ち風を通す。

少し床を磨いて、溜まりに溜まった落ち葉をこれまた少し掃き集め・・、近い内に皆で
大掃除をする予定です。

P2270006.JPG

P2270001.JPG

何もかも始まる、そんな3月がやって来る。

★ つれづれに一句

  春めきぬ 山の日差しの 濃きほどに   yamahiko
    ・はるめきぬ やまのひざしの こきほどに
posted by yamahiko at 00:00| 財蔵坊日記

2018年02月27日

春は森より

2月27日(火)

・写真をクリックすると、拡大されます。

P1700968[1].jpg

鳥たちの冬、もう終わったかなと思い餌台は奇麗サッパリ片付けました。
一冬、楽しませてもらったな。

始まりは、こんな感じ。
http://hikosan.sblo.jp/archives/20180116-1.html

それから雪が降り始め、餌に困るだろうとアワ、ヒエ、ヒマワリの種、ミカン、リンゴなどを置き、
始めてメジロがやって来た日、パチリとしたのが↑の写真です。

雪籠りの日は、手元にカメラを置き窓越しに鳥の撮影特訓だ。
これが難しいのなんの、いっこうに上手にはならなかったが面白かった。

P1700879[1].jpg

カワラヒワ。

P1700883[1].jpg

シジュウカラ。

P1710503[1].jpg

ソウシチョウ。

P1710187[1].jpg

ミヤマホオジロ。

P1710150[1].jpg

カケス。

P1110011[1].jpg

すっかり雪をかぶってしまった、ミカンとリンゴ。
カキは、カラスがくわえて持って行ってしまった〜!

P1710332[1].jpg

メジロ。

P1710407[1].jpg

シロハラ。

P1710412.JPG

ガビチョウ。

P1710495[1].jpg

ヒヨドリ。

季節の巡りを鳥たちは敏感に感じ取ったのか、この何日かはもう姿を見せる事もなくなっているし、
これからは野山で自由に餌を見つけるんだろう。
冬の間は地鳴きだったのが、それぞれの囀りになってきてそれが日毎に増え、春到来を告げている。

★ つれづれに一句

  鳥語増ゆ 春は森より 兆しけり   yamahiko
    ・ちょうごふゆ はるはもりより きざしけり
posted by yamahiko at 00:00| 歳時記

2018年02月26日

鷹窟、大行事社へ

2月26日(月)

伊良原ダムからまず向かったのは、岩屋河内地区にある英彦山ゆかりの鷹窟です。

くねくねと細い山道を進み林道に合流、小さな標識に導かれるようにして到着したが、この何年かの
内に、辺りはすっかり変わっておりいささかビックリ。
この後で行く伊良原大行事社と共に、6年前に勉強会で来ていてそれ以来だ。
http://hikosan.sblo.jp/article/58710378.html

英彦山から近くそれ故にいつでも来れると思っている内に、足が遠のいていたことになる。

・写真をクリックすると、拡大されます。

P2240027.JPG

P2240028.JPG

鷹窟を、下から見上げる。

鬱蒼とした杉林は見事になくなりカラりと明るく、ジグザグに登りやすいように歩道が整備されているが
その中に、200段ほどの苔むした石段が昔を物語るようにそのまま遺されている。

P2240036.JPG

英彦山流記(1213年)には、英彦山神領内にある四十九窟の内、第十一窟の鷹窟・・とあり
凝灰岩の断崖の下に社が鎮座し、当地では鷹窟大権現と称されている。
ここまで来ると、以前のまま霊気が充ちている。

窟というのは山中の巨岩、懸崖の裾に自然が形作った岩場を利用した山伏達の修行の場で、この鷹窟は
特に大きく訪れた人は圧倒されるだろうし、最近はパワーポイントとして注目されていると云う。

南の方向には眺望の良い場所や、「針の耳」と云われる奇岩があるので行こうとしたが、鹿よけ
ネットが2重3重に張り巡らされ、これは進入禁止なんだろうと引き返しました。

次は、伊良原大行事社へ。
大行事社とは、
話は平安時代まで遡りますが、英彦山の神領である七里四方を守護するために、四十八の大行事社が
祀られ、明治時代に高木神社と改称されました。
万物創成の神である高皇産霊神(たかみむすびのかみ)を主祭神としています。

伊良原には上社と下社があり、この度のダム建設のためにそれぞれが新築移転され、以前の古色蒼然と
した社殿の面影はなくなり、ピカピカになっていた!

P2240016.JPG

P2240017_collage.jpg

P2240022.JPG

上社。

P2240055.JPG

P2240054_collage.jpg

P2240059.JPG

下社。

神社仏閣は歴史を経た古色を重んじたくなり、もっと言えば有難く感じるものだが、地域住民には
心の拠り所であることに変わりはないだろうし、月日と共に景色の中に馴染み神さびてくるだろう。

犀川・伊良原地区は英彦山六峰の一座である蔵持山も聳え、英彦山との繋がりを今でも
色濃く残す山里でした。

★ つれづれに一句

  春愁や 英彦山流記を ひもとけば   yamahiko
    ・しゅんしゅうや ひこさんるきを ひもとけば
posted by yamahiko at 00:00| 史跡ご案内